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闇の天使光の悪魔

 

 

 

 

†        †        †

 

「悪魔、お前は自分に嫌気が差したことはないのか?」

 

「……は?」

 

 控え室の長椅子に腰掛けていると、不意に声を掛けられた。その言葉の内容と、話しかけてきた人物が意外すぎて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「おめーは…アビス……。それはどういう意味だ…?」

「そのままの意味だが……?」

「…………えっと……とりあえず長くなりそうだから座れ? な?」

「……………」

 

 どこか妙に高圧的な態度の天使は、紫の長い髪を揺らし、渋々といった様子で隣に腰掛ける。そして小さく息をついて、こう言い換えた。

 

「お前は、"光属性の悪魔"であることに不満を抱いたことはないのか?」

 

 ちらと横顔を覗いてみると、ふざけているような気配はまるで無かった。……元より生真面目な奴だから冗談とも思わなかったが。

 

「……お前は嫌なのか? 自分が"闇属性の天使"であることが」

「…………」

 

 ふいと目線を逸らされる。整った眉が顰められているのを見るに、肯定と取って良さそうだ。

 

「……ボクの事はいい。それで、どうなんだ」

「そうだな…… 俺は、特に意識したことはねぇぞ。自分の属性なんざ、些細な問題でしかないしな」

「"悪魔"らしくなくてもか?」

「…………」

 

 今度は相手の方にしっかりと顔を向ける。すると、射貫くような、探るような、真っ直ぐな紫色の瞳がこちらを見つめていた。その様子があまりにも真剣で…あまりにも真剣すぎて、思わず、俺は……相手の頬をつまみ、そのまま横に引っ張ってしまった。

 

「~~っ!? ……ひゃ、ひゃめ……、……やめろっ!! どういうつもりだ貴様!?」

「おめー 怖ぇ顔しすぎ……。もう少しリラックスしろ? な?」

 

 手を振り払い、頬を押さえて、今にも噛み付いてきそうな勢いで睨み付けてくるのを宥めながら苦笑する。割とガキっぽい顔もするもんだ、なんて意外に思いながら。

 

「悪魔らしくって何だ? …天使らしさって何だよ? 闇属性なら悪魔らしくて光属性なら天使らしいのか? 俺からすりゃ、おめーらんとこの光属性の天使の方がよっぽど悪魔らしく見えるぜ…?」

 

 アイツは…何故だか分からないが、怖い。それこそ"天使"らしからぬ得体の知れなさが、どうにも不安を駆り立てる。"俺たち"に対して無駄にフレンドリーな態度なのも、その要因の一つである気もする。

 

「………………そんな事を思っていたのか……。一応忠告しておいてやるが、ルクス本人には言わない方が良いぞ……」

「も、勿論言わねぇよ。とにかくだ、大事なのはおめー自身らしさだろ?」

「……ボク自身の……?」

「"天使らしくない"闇属性だからって、仲間はおめーを嫌ったりしてるのか?」

「…いや……」

「そうだろ? ならそういう事だ。属性なんて、こまけーこたぁ気にすんな」

 

 そんな、性質だけで個人を判断するなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。頭をわしわしと撫でてやると、これまたすぐに振り払われ、批難めいた目線が向けられた。

 

「……髪が乱れる」

「女子か」

 

 ……どこまでも神経質な奴。

 

「それに、安心しろよ。俺からすれば、おめーはとても天使らしい天使だよ」

 

 正確には、"俺たち"からすれば。会話をしながらも警戒を解く気配が一向に無い視線と、少しでも"俺たち"に触れられるのを嫌っているような態度。意識的なのか無意識的なのかは定かではないが、今時ここまで"潔癖"な天使は珍しい。

 

「……それはお前なりの慰めのつもりか」

「……さてな。どう見える?」  

 

 そう言うと、漸く、少しだけ視線から敵意が消えた。数秒 じっと俺を見つめてから、天使は口を開く。

 

「……分からない。…………複雑な顔をしている」

「正解。複雑な気持ちなの。属性の問題が解決しても、おめーはまだ天使と悪魔に拘ってる感じだからさ」

「……どういう、意味だ…?」

「だからさ、天使のおめーは悪魔の俺を嫌ってなきゃいけねー決まりでもあんのかよ? ってことだよ。……これでも俺は、おめーと仲良くしたいと思ってんだぜ? 」

「…………本気か?」

「当然だろ。属性が違っても俺らは仲間なんだからよ」

 

 そう言い切ってやると、相手は本気で驚いているかのように目を丸めた。そこまで驚かれるのもまた複雑な気分なような、この際そうでもないような……

 

「仲間とずっとギスギスしたままなんてのは、俺は嫌なんだよ」

「……悪魔と仲間……か」

「ああ、その呼び方もだ。まずその呼び方をやめてくれよな! そんなんじゃいつまで経っても進展しやしねぇよ」

「…ぅ……そ、そうは言われてもだな…………ええと………………」

 

 紫の目が困惑したようにこちらを見上げた。ああ…、話すのも不本意に思う程の相手の名前なんてそもそも覚えない……か。

 

「バーテブラだ。せめて名前だけでも覚えてくれよな……アビス」

「…………ああ…。すまない… バー…テブラ……」

「あ、そこで区切るのはヤメテ」

「?  何故……」

「いや…ちょっと響きが…な……?」

「……よく分からないが、はっきりと呼べと……?」

「まぁ…、そういうことで頼むわ」

 

 いまいち腑に落ちない表情をしている相手に手を差し出す。少しでもコイツが意識を変えてくれる気になったなら。

 

「すげー今更だけどよ……、握手しようぜ? おめーが嫌なら無理強いはしねぇけど」

「………………」

 

 アビスは、少し考える素振りを見せたが、やがて片手をこちらの手に合わせた。なんだか強く力を込めるのが憚られて、軽く握りしめると、向こうからしっかりと握り返されて内心面食らってしまった。

 

「何を遠慮しているんだ」

「いや、"おめーら"って、みんな華奢だから強く握ると骨折れちまいそうで思わず………あだだだ」

 

 若干口ごもりながら答えると、急に、割と冗談にならないレベルの力が拳に伝わる。寧ろこちらの骨が悲鳴を上げた気配さえした。

 

「……やはり貴様とは仲良くなど出来そうにないな」

 

 わざとらしく手を払うような動作をしながら、アビスは立ち上がる。

 

「"ボク"をナメるなよ、バーテブラ」

 

 心なしか強調して発音された言葉に、少しだけ笑いが漏れた。散々相手に"自分らしさ"を説いておいてコレだ。

 

「ああ、すまねえな」

「ふん。一応今日の事は感謝しておく。………………それじゃあ、また」

「おう」

 

"また"

 

 相手の口から出てきた言葉にどこか嬉しさのようなものを感じながら、俺は紫髪の揺れる後ろ姿を眺めていた。

 

 

†        †        †

 

悪魔に対して潔癖なアビス君と、どこまでも寛容なバーテブラ兄貴を書きたかった(過去形

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