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名前を呼んでくれるなら

 

これ↓

あなたは『名前を呼んだだけなのに嬉しそうな顔をする』アビスのことを妄想してみてください。

https://shindanmaker.com/450823

 

†        †        †

 

「アビス」

 

 優しい声が名前を呼ぶ。天使に相応しくない、寧ろ皮肉が込められた"深淵"を意味するこの名前を。忌々しいと思っていた名前なのに、嫌いだったはずの名前なのに、何故あの声で呼ばれると、こんなに穏やかな気持ちになるのだろう。どうしてかは分からないが、この感覚を嫌だとは思わない。思えない。

 

 

 

「なんだ、ルクス」

 

 そっけなく返しながら彼は僕の方へと顔を向ける。きっと彼は気付いていないのだろうけど、その顔には微かに笑みが浮かんでいる。普段厳めしい色を浮かべているその顔が、こうして呼び掛けたとき、一瞬、ほんの少しだけ緩むことを僕は知っている。その一瞬が見たくて、用もないのに呼び掛けてしまうのだ、なんて言ってしまえば その整った眉がひそめられてしまうであろうことも。

 だから、これは僕だけの秘密。

 

「フフフ  少し呼んでみただけだよ」

「……おかしな事をする奴だな、キミは」

 

 彼は呆れたように息を吐く。会話とも言えない会話が終わり、沈黙が落ちた。

 

「アビス」

「だからなんだ、ルクス」       

「僕は、キミが"アビス"で良かったと思うんだ」

「………………」

 

 紫の瞳が少し丸みを帯びる。それから、短く息を吐き、言った。

 

「……何故」

「光と闇は惹かれ合うものだから」

「……………」

「光あるところには必ず闇があるし、同じように闇あるところには必ず光も差し込むものだよ。そして、光も闇も、お互いがなくては存在できない。何故なら片方しかない世界ではそれは"無"だから」

「…………そう、だな」

「だから僕は、キミに名前を呼ばれるのが好きなんだよね。キミに存在を認めてもらってるみたいで」

 

 キミは?

 そう言って笑みと共に訊ねてみると、彼は目を伏せた。

                                                                           

「ボクは…自分の名前が好きじゃない」

「うん」

 

 本当は、知っているんだ。キミが自分の名前を好きじゃないこと。けれど僕が彼の名前を呼び続けるのは。

 

「だが…………」

 

 言おうか言うまいか悩んでいるかのように視線が揺れる。ちらと一瞬こちらを見て、彼は僕と目を合わせないまま ぽつりとこぼした。

 

「…………キミに名前を呼ばれるのは、悪くないと、思う」

「フフフ  そっか」

 

 キミがほんの少しだけ嬉しそうな顔をしてくれるから。自分では気付いていない表情を浮かべてくれるから。

 

「ねぇアビス、どうかこれからも、僕の傍に居てね」

「………………」

 

 彼は黙りこむ。すぐに返事が返ってくることでもないと思って、こちらもそのまま待つ。

 やがて、地面に向いていた視線がこちらへと向いて…少しだけ、ほんの少しだけ穏やかな表情を浮かべて、彼は言った。

 

「……ルクス、キミがボクの事を呼んでくれるなら」

                                        

 

†        †        †

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