名前を呼んでくれるなら
これ↓
あなたは『名前を呼んだだけなのに嬉しそうな顔をする』アビスのことを妄想してみてください。
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† † †
「アビス」
優しい声が名前を呼ぶ。天使に相応しくない、寧ろ皮肉が込められた"深淵"を意味するこの名前を。忌々しいと思っていた名前なのに、嫌いだったはずの名前なのに、何故あの声で呼ばれると、こんなに穏やかな気持ちになるのだろう。どうしてかは分からないが、この感覚を嫌だとは思わない。思えない。
「なんだ、ルクス」
そっけなく返しながら彼は僕の方へと顔を向ける。きっと彼は気付いていないのだろうけど、その顔には微かに笑みが浮かんでいる。普段厳めしい色を浮かべているその顔が、こうして呼び掛けたとき、一瞬、ほんの少しだけ緩むことを僕は知っている。その一瞬が見たくて、用もないのに呼び掛けてしまうのだ、なんて言ってしまえば その整った眉がひそめられてしまうであろうことも。
だから、これは僕だけの秘密。
「フフフ 少し呼んでみただけだよ」
「……おかしな事をする奴だな、キミは」
彼は呆れたように息を吐く。会話とも言えない会話が終わり、沈黙が落ちた。
「アビス」
「だからなんだ、ルクス」
「僕は、キミが"アビス"で良かったと思うんだ」
「………………」
紫の瞳が少し丸みを帯びる。それから、短く息を吐き、言った。
「……何故」
「光と闇は惹かれ合うものだから」
「……………」
「光あるところには必ず闇があるし、同じように闇あるところには必ず光も差し込むものだよ。そして、光も闇も、お互いがなくては存在できない。何故なら片方しかない世界ではそれは"無"だから」
「…………そう、だな」
「だから僕は、キミに名前を呼ばれるのが好きなんだよね。キミに存在を認めてもらってるみたいで」
キミは?
そう言って笑みと共に訊ねてみると、彼は目を伏せた。
「ボクは…自分の名前が好きじゃない」
「うん」
本当は、知っているんだ。キミが自分の名前を好きじゃないこと。けれど僕が彼の名前を呼び続けるのは。
「だが…………」
言おうか言うまいか悩んでいるかのように視線が揺れる。ちらと一瞬こちらを見て、彼は僕と目を合わせないまま ぽつりとこぼした。
「…………キミに名前を呼ばれるのは、悪くないと、思う」
「フフフ そっか」
キミがほんの少しだけ嬉しそうな顔をしてくれるから。自分では気付いていない表情を浮かべてくれるから。
「ねぇアビス、どうかこれからも、僕の傍に居てね」
「………………」
彼は黙りこむ。すぐに返事が返ってくることでもないと思って、こちらもそのまま待つ。
やがて、地面に向いていた視線がこちらへと向いて…少しだけ、ほんの少しだけ穏やかな表情を浮かべて、彼は言った。
「……ルクス、キミがボクの事を呼んでくれるなら」
† † †