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映る色

 

†        †        †

 

 

「……僕の顔に何かついてる?」

 

 困ったようにおずおずと尋ねられて我に返る。普段より少し眉尻を下げて微笑んでいる相手がこちらを見ていた。

 ……言えない。まさか"見とれていた"などとは。そんなの、ボクの柄ではないし、言ってしまったら、どんな顔をさせてしまうかも分からない。

 

「アビス……?」

 

 いつまでも答えないボクを心配したように、囁くような穏やかな声が呼び掛ける。

 

「…………瞳…が、」

「うん?」

「……キミの瞳の色が、気になっていた」

 

 なんとか代わりにと呟いた言葉に、相手は驚いたようだった。ボクがそんな事を考えていたなど微塵も思っていなかったのだろう。

 

「光に愛されているキミのその瞳には、どんな色が湛えられているんだ?」

「………………」

 

 冷静になって思えば、素直に"見とれていた"と答えた方がまだマトモな返答だっただろう。案の定、今度は相手がなんと返すべきかと言葉に困っている。かと思うと、ぱっと笑みを浮かべ直して、彼は口を開いた。

 

「そうだねぇ、キミだけには教えてあげようかな、アビス」

 

 長くほっそりとした金色の睫毛が微かに揺れた。思わず息を殺す。しかし、もう少しで色が見える、といったところで ふわりとそれは下ろされた。

 

「僕の瞳には、何も無いんだよ」

「…………なに?」

 

 口元に人差し指を当て、囁く。

 

「この眼窩に満たされているのは永遠の "深淵"だけ」

「…………」

 

 そう言って笑う相手の言葉はいつも真実なのか嘘なのか掴めない。

 

「…………そうか」

 

 それなら、

 

「それも、悪くないかもしれないな」

 

 金色の幕が僅かに上がる。

 そこに映る色を捉え、笑みを込めて短く息を吐いた。

 

「キミの瞳に"ボク"しか映らないのなら、」

 

 開いたままの眼孔を指でなぞる。

 

「それは願っても無いことだ」

†        †        †

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