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とある雷雨の日

 

 

 

 

†        †        †

 

 音だけ聞いていれば、それはまるで花火や太鼓の音のようで、祭りでもやっているかのように錯覚する。しかし、残念ながら今日は文化祭などではないし、何より目の眩むような閃光と、時折地を震わせ耳をつんざくように響く、何かを勢いよく裂いて破くような爆音が、そんな甘い想像を否定した。

 おもむろに生徒会室の窓へと目を向ける。打ち付けられた雨がガラスを滝のように流れ落ちているのが見える。日没に至るにはまだ早いと言うのに、外は既に仄暗かった。

 机に頬杖を付きながら、目を閉じる。今日ほど己の心配性を恨んだことはない。会議の時間までにはまだ幾ばくかの時間がある。遅刻しないようにと急いでいたら予定よりもだいぶ早く着きすぎてしまったのだ。つまり、今ここには自分以外の誰もいない。

 

 ただし無音ではない。外の光と囃子が大変賑やかである。

 ……それはもう、恐ろしい程に。

 

「おやフローレ、もう来てたんだね」

「!」

 

 思わず弾かれるように顔を上げてしまった。

 

「いやぁ、凄い雨だねぇ~」

 

 そう言う割には、外の暴雨など さほど気にしていないように、普段通りのゆったりとした動作で扉をくぐって来たのはこの学園の副生徒会長、ルクスだった。

 

「あ、ああ… 本当だな……。こんなに激しく降るのだったら、会議は後日にしておくべきだっかもしれない……。ところでどうした、キミにしては随分と早いじゃないか」

 

 私じゃあるまいし。言いながら近くまで寄っていくと、ルクスは口端を少し上げて肩を竦めた。

 

「ふふ、特に何かすることも無かったからね。早めにここに来て読書でもしていようかと思ってさ。この雷雨だから、図書室に居ても落ち着けないし」

 

 また窓の外が光った。思わず体が強張ったのを悟られたくなくて、不必要に相手を見つめてしまう。

 

「……そうか、それもそうだろうな…。しかしちょうど良かった。早く来すぎてしまって、私も暇だったんだ」

「ふふ、キミって心配性だよねぇ~」

 

 光から遅れて音が鳴った。そちらに目を向けながら、ルクスが近いね、と零す。

 

「ち、遅刻するよりは良いだろう……」

「それもそうだけどねぇ。でも、一人で退屈だったんでしょう?」

「う…… まあ……」

 

 一人でも、時間を潰す術が無いわけでは無い。今日の場合は寧ろそんな心配より……

 

 ――――突如、周囲が白く染まる。

 同時に、爆音が鳴り響いた。

 落ちたのだ。校庭に。……雷が。

 

「…………それとも、心細かった?」

 

 口元を軽く弓なりに反らせたルクスの声に、自分が無意識のうちに相手の上着の裾を掴んでいたのに気付いた。

 

「…………っ」

「…………」

「そっそんなことはないぞ……。そう! 退屈だったんだ。ひ、暇だと言っただろう!?」

 

 慌てて手を離し言い訳を試みるが、この笑顔はバレている… 確実にバレている……

 ――――私が、雷を恐れているということが。

 

「…………そっか。じゃあ、お話でもしようか?」

「え、読書をしに来たんじゃないのか?」

「僕一人しか居なかったらそうしていただろうけど……。"退屈してる"キミを放って読書に耽ろうとは思わないよ。それに、話をしていれば少しは気も紛れるでしょう?」

 

 てっきり何かからかわれるものかと思っていたら、そんな様子はおくびにも見せず、ルクスは机へと向かった。……さりげなく私の手を引いて。

 

「あ、あの……ルクス……」

「ん? ああ……、嫌だった?」

「いや……そういうわけじゃないが……」

 

 大した距離でも無いのに何だか妙に気恥ずかしい。そして、外が明るくなったのに反応して、思わず手に力を込めてしまって気まずい。ちら、と表情を覗き見れば、相手の口は弧を描いていた。

 

「…………ルクス、キミ、まさか面白がって……」

「ふふ、まさか」

「…………」

 

 そう言って彼は微笑んだ。時折見せる、含みのある笑みではなく、純粋に、穏やかに、私を安心させるかのように優しく。

 

 

 

「さて、何を話そうか?キミが夢中になれる話題が良いよね」

 

 本来の席とは違う、彼女の隣の席に腰掛けながら、指を組む。その彼女は、早速話題探しに意識を向けたらしい。口元へと手をやり、考え込んでいる。止まない雷鳴に、恐らく無意識に体をびくつかせながら。

図書室へ向かおうとしている途中、生徒会室の方へ歩いて行く彼女を見かけて、なんとなしに予定を変更したのは英断だったみたいだ。

 生徒会長という役職の為か、気を張っている彼女。もう少し、ある意味素直になっても良いと思うんだけどなぁ。……なんて、本人が雷を怖がっているのを悟られたがっていないようだから口には出さないけれど。

 

 それに、そんな風に頑張っている彼女の様子を見ているのは楽しくもある。

 彼女が"生徒会長"である為に、こうして"副会長"-僕-は居られるのだから。

 

 

†        †        †

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