約束
† † †
「――――グリープ。オマエは、ワタシ達が死んだらどうするのだ？」
「………………は？」
いつものように真っ赤な血液……のようなトマトジュースを口元に運びながら、あたかもふと思いついたかのように、与太話をするような調子で吸血鬼が言った。
島の一角にひっそりと建てられている古びた洋館。ひび割れたシャンデリアを天井に飾った、薄暗い室内には人影が二つ。
吸血鬼の向かい側に座り、用意されたフォンダンショコラに、今まさにフォークを入れようとしていた死神は、眉間に深く皺を刻んで顔を上げた。
「どういう意味だよ？」
「オマエも分かっているだろう。ワタシ達はいずれ必ず死ぬ。マーギンにライカー、インギール、そしてここプワープの住人のほとんどもそうだろう」
「……だろうな」
横にされたフォークがフォンダンショコラを切り分ける。中からどろりと濃厚なチョコレートが流れ出し、皿の上に小さな泉を作った。
「しかしなんでまた急にそんな事を……」
「いやなに、ふと気になっただけだ。……我々の中で、オマエを除けば”最後”はワタシなのだろうと。そう考えて、ワタシが居なくなったら、オマエはどうするのだろうと」
「どうするも何も…昔通り冥界に入り浸って仕事漬けの毎日を送るだけだな」
ざくざくと、答えながらグリープはフォークをフォンダンショコラに突き刺す。切り分けるためではなく、苛立ちを表しているように。目線はそちらにやっていないことから、無意識だろうか。ドラウドは哀れな姿になっていくそれを一瞥しつつ、テーブルに片手で頬杖をついた。
「まあまあ…そう怒るな。例え話だ、例え話」
「うるせぇな…… 余計な事を考えさせたそっちが悪いんだろ……」
ふて腐れたように死神は目を逸らす。
それから問いかけというよりは愚痴に近いぼやきを零す。
「どうしてオマエら生者は、みんなそうやって自分が居なくなった後のことを気にするんだ」
感情の読めない、無色の瞳がどこか苦しげに細められたのを見て、ドラウドは言った。
「……寂しいか？」
「……！ な……っ」
弾かれたようにその瞳がこちらを向いた。血の気のあまり無い白い肌に珍しく色までついている。
「馬鹿言うなよ。死神がいちいち生者に対して考えるわけないだろうが……っ」
「……吸血鬼-ﾜﾀｼ-は生者の括りでいいのか？」
「死神-ｵﾚ-からすりゃ”終わり”のある奴はみんな生者なんだよ」
「……そうか」
思っていた以上の反応が返ってきたので思わず冗談めかして返してみたものの、間髪入れずにまた返されて引き下がる。それにしても、言葉と態度があべこべな事に本人は気付いているのだろうか。
「オマエが…オマエらが死のうがオレは普段通りの仕事をするだけだからな！」
「そうか……。ならば、ワタシの”最期”には必ずオマエが迎えに来ておくれ」
「～～～っ」
ふ、と微笑んで言えば、ガタンと音を立てて、死神は遂に立ち上がった。何かを堪えるような顔をして、何か言いたげにドラウドを睨み付けて、それから、力の抜けたように椅子へと座り直す。代わりにドラウドが席を立ち、グリープの傍まで歩み寄る。長い前髪に隠されて、俯いた表情は見えない。けれど、微かに震えた肩がその感情を明確に物語っていた。
「……すまなかった。”イジワル”をするつもりではなかったのだが……」
膝を折って、座る相手と目線を合わせる。顎へ伝う雫が一筋。指で拭ってやるべきかと悩んだ。
「……グリープ」
死神は俯いたままだ。俯いたまま、か細い声で恨み言を零す。
「…オレに……”オマエら”みたいな事を考えさせるんじゃねえよ……」
「……すまなかった」
素直に謝罪の言葉を重ねる。少し反省していた。軽い気持ちでした質問に、ここまで真剣な態度で返されるとは思っていなかったのだ。この子はきっと、人一倍自分が死神であることに誇りを持っているだろうし、同時に、とても人に―――生者に近いのだろう。
「……くそ……」
自分で涙を拭って、グリープは顔を背ける。
「分かったら二度とこんな話するなよ」
「ああ分かった。……だが」
立ち上がり、ドラウドはグリープの頭を軽く撫でる。そして微笑んだ。
「ワタシは、嬉しかったぞ。オマエがそこまでワタシ達のことを想ってくれていたことを知れたからな」
「……っ、自惚れんな……！」
「そう言うな。半永久的に生きる吸血鬼-ﾜﾀｼ-を看取ってくれるものがいるのだか―――」
そこまで言いかけて、また相手の目元が潤み始めていたのに気付き、慌てて口を噤む。だがもう遅く。死神はいよいよ声の限り、滑らかな髪を揺らす勢いで叫ぶのだった。
「あー！ もう知らねえ！ オマエなんて一生生きてろ！ぜってー看取ってなんかやらねえんだからな！！」
† † †
ﾌｫﾝﾀﾞﾝｼｮｺﾗ「解せぬ」