奏愛セレナーデ
† † †
耳を疑うとは、まさにこういうことを言うのだろう
「好きだ、バルバトス」
確かに彼はそう言った。曇りなどどこにもない瞳で、真っ直ぐと射抜くように俺を見つめて。
「────」
「………………」
自分でも驚くほどに身動きがとれなくなった。目の前の少年も緊張していたのか、言ったきり口をつぐんでいる。
"好き"という言葉には様々な意味があるが、この場においてその言葉に含まれている意味は「愛」だろう。この仕事をしていて分からないわけはなかった。そして自分は、彼がその感情を抱いていたことも、それをずっと伏せていたことも知っていた。…知らないフリをしていた。
どうして今、彼が伝える気になったのかは知る由もないが、なんにせよ、自分に出来る返答は一つだけだ。
「あぁソロモン、ありがとう。俺もキミのことが好きさ」
普段と変わらぬ調子の軽い返事。おまけにウインクを一つ添える。
「バルバトス、違う、そういう意味じゃ──」
少年が少し困ったように慌てた声を上げた。先程までの気張った雰囲気が緩んで、年相応の顔に戻った気がして内心で、ほっと息をつく。それでいい。どうか、俺にとっては"幼い"少年のままでいてくれ。
「さあ、もうお休み。そろそろ眠る時間だろう。なんなら子守唄でも歌ってあげようか」
「…子供扱い、するなよ」
「はは、それは失礼。じゃあ、おやすみソロモン。良い夢を」
「バルバ────」
制止する声など聞こえないフリをして足早に隣をすり抜ける。
おやすみ。まだ若く、初心な、我ら悪魔を統べる人間の王よ。どうか、こんな悪い夢など忘れてしまって。
扉を開ければ、ひんやりとした風が頬を撫でた。喧騒とは程遠い穏やかな夜だ。やけに騒がしいのは己の心音だけのよう。中庭にすら人影はなく、今宵は掛け値なしの一人舞台だ。そのおよそ中央に立ち、背後を見上げるように振り向けば、ここに住んでいる者ならそこが誰の部屋か考えずとも分かる一室の明かりがついているのが見えた。
小さく息を吐いて、そのまま身を反転させる。目に映るのは満天の星と静かにこの身を照らす月。
「…嗚呼、こんな夜には最高の観客じゃないか」
この冷たく寂しい夜に喉が奏でるのは、とある男の恋の歌。歳も身分もそして種族も、何もかも違う、どんなに想いあっていたとしても最期に傍に居るべきは己ではないと悟って自ら身を引いた、賢くも愚かな男の恋情だ。
―──あぁ、歌詞にのせれば"愛してる"の言葉だって、キミに返すことが出来るのに
† † †