戯れ
『冗談』の続き
† † †
ボクは……
キミの想いを受け入れることは出来ない
そして……
ボクの想いをキミに伝えることも出来ない
「……っ………っは……ルク、ス……っ」
不本意に上擦る声で名前を呼ぶ。すると彼は首元に触れていた唇を離し、羽根に埋めていた指を止め微笑んだ。
「……なに? アビス」
その声があまりに優しくて、あまりに愛おしげで、思わず言葉を呑み込みそうになった。
それでも、
「……やめ、てくれ…………」
喘ぐように、言葉を絞り出す。微かに彼が悲しそうな顔を浮かべるのが見えたが、撤回はしない。
やめてくれ。仮にキミの想いが本気だとしても、どんなにキミがボクを想ってくれているのだとしても…… ボクは、それを受け入れることは出来ない。その想いを肯定してはならないんだ。
――――ボク自身も、キミの事を想っているのだとしても
天使は特定の対象に恋情を抱いてはならない。それは天使にとって許されざる行為であり、その好意を口にすることは罪である。罪を犯した天使は堕とされる。そんなこと、ボクは望んでいない。そんなリスクを犯してまで愛されたくない。
……キミに、堕ちてはほしくない。キミには、綺麗な天使のままでいてほしい。
「ルクス……」
ルクス。
光に愛された、神々しいまでに美しい天使。
そんな彼がボクの事を好きだと言った。実際には例え話のように言ったのだが、こんなに愛おしそうに名前を呼ばれれば、こんなに優しげに肌を愛撫されていれば、如何に鈍い者であろうと本気であると思わざるを得ない。嬉しくないわけは、なかった。けれど、それを表に出してはいけなかった。その想いを受け入れてはいけない。彼に愛されていることを認めるわけにはいかない。
彼を穢してしまうことになるから。彼を、堕としてしまうことになるから。
「アビス……? どうして、そんなに泣きそうな顔をしているんだい……?」
「…………!」
半ば反射的に腕で目元を覆う。その腕にも、彼が唇で触れるのを感じた。
「そんなに嫌だった…かな……。……ごめんね……。どうか、今だけは許して。これは、"冗談"だから……」
まるで自身に言い聞かせるように、免罪符であるかのように囁きながら、彼はまた、ボクへと唇を寄せる。違う。そんなことはない。嫌じゃない。浮かぶ言葉を必死に堪える。ボクはただ、与えられる愛撫を甘んじて受けていればそれで良い。
髪に、喉に、首筋に……数えきれない口付けを受けたが、彼はまだ、唇を重ねては来なかった。ただ愛おしそうにボクの名前を呼んで、天使の弱点とも言える翼に触れ抵抗する力を奪い、控えめに、"愛し合う"恋人の真似事をするだけだった。それが、彼の言う戯れ…"冗談"なのだろう。もしボクが彼を受け入れたなら、ボクらは"冗談"ではなく…「真似事」をせずに済むのだろう。
だが、ボクは絶対に受け入れない。
――――彼を、愛しているから
「ルクス……」
胸に触れた唇から、鼓動の速さが伝わりませんように。祈りながら短く息を吐く。
……愛している。
ルクス。
ボクの愛しい天使。
ボクはキミの想いを否定する。
キミがどんなに本気だろうと「冗談だろう」と受け流す。
ボクらは決して、想い合ってなんかいない。
ボクらの想いは、飽くまで 戯れなのだから
† † †
その気がまるで無い(フリをしている)アビス君と
少し病み気味かもしれないルクス氏のお話。