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Sommeil de l'ange

 

 

 

†        †        †

 

 

 放課後。一般生徒は授業から解放され部活動等に精を出す時間だが、我々生徒会役員にとっては会議を開催する時間である。今日は授業が予定よりも早く終わった。とはいえ、特にすることも無いので早々に生徒会室へと向かう。

 扉を開けると、室内は電気が消えていて薄暗かった。

 

「…………?」

 

 何気なく開けてしまってから気付く。おかしい。何故、扉が開いていたのだろう。中に誰も居ないときは生徒会室の扉には鍵がかけられているはずだ。

 

「戸締まりを忘れたのか……?」

 

 昨日の当番は誰だったか。そんな事を考えながら、明かりのスイッチを入れる。すると、誰も居ないと思っていた室内に人影があるのに気付いた。

 学園の備品にしては若干高級感のあるソファ。そんな物が生徒会室に何気なく置かれているということはつまり、これは備品ではないということ。……元から設えてある椅子があるのだから不要な物は持ち込むんじゃないと、かつて注意はしたものの「このくらいなら平気だよ」と受け流され、結果依然として置かれている物だ。

それの上に悠々と横になっている人物が居た。全くもって、"このくらい"では済まないこれを持ち込み、「平気だ」と のたまった犯人。近寄って見下ろしてみても体を起こす気配は無く、僅かに、胸元が規則的に上下しているところから、どうやら眠っているらしい。

 

「……おい、ルクス」

 

 呼び掛けてみても反応は無い。それにしても、彼はいつからここに居たんだろう。まさか、前の授業を欠席したのでは……

 

「ルクス」

 

 肩を軽く揺さぶってみる。しかしまだ目を覚ました気配を感じない。

 

「…………」

 

 そんなに疲れているんだろうか。それなら、無理に起こさずに他のメンバーが集まるまで寝かせておいてやった方が良いだろうか。

 そう思ったところで、揺らした所為か、顔にかけられたままの眼鏡がずれてしまっている事に気付く。フレームが曲がってしまっても良くないし、せっかくなら外しておいてやろう。そう考え、相手の顔に手を伸ばす。

 眼鏡を取り外すと、ルクスは短く息を吐いてほんの僅かに顔を傾けた。その拍子に前髪が顔に流れる。

 

「…………」

 

 ふと、まじまじと眺めてしまう。自分はあまり意識をしたことはなかったが、こう改めて見ると確かに整った顔をしているものだ。廊下を一緒に歩いていると、女生徒があからさまに熱のこもった視線を向けていることもあった。窓から僅かに差している光に照らされて、ソファ上に散らばった金髪がより一層煌めきを増している。

 

「…………綺麗だな」

 

 輝かしい金髪と、傷一つついたことの無さそうな滑らかな肌。こうして眠っていると、まるで作り物と錯覚してしまいそうな様。とても、"天使"に相応しい姿だと思う。

 

――――自分とは違って。

 

 なんとなしにその金糸に指を絡めてみる。ぼんやりと、滑らかに指を流れていくそれを眺めながら、一体何をしているんだろうと自問しかけたその時、突然ぐいと手首が掴まれ、身体を引き寄せられた。

 

「――――!?」

 

 慌てて空いていた方の手をソファの布地へとつく。そして眼前に迫った顔の、口元が微かに弧を描いているのに気付き、思わず声を荒げた。

 

「る、ルクス…! お前っ、起きて……っ!!」

「いや~、途中で目が覚めたんだけど、キミが僕のことを"綺麗だ"なんて言うから起きるに起きれなくなっちゃってさぁ~」

「…………っ!!」

 

 先程までの己の挙動を思いだされ、瞬時に顔が熱を帯びる。

 

「さ、さっきのは言葉のあやで……」

「ところで眼鏡が無いからよく見えないのだけど……、なんだか悲しそうな顔をしているね? アビス」

「な……」

 

 言い訳は不意に投げ掛けられた言葉で遮られた。頬に触れられた手に、反射的に肩が跳ねる。

 

「どうかしたのかな」

 

 不思議と内心を見透かされるような気がする。相手は目も開いていないのに。頬に添えられた手をそっと引き剥がす。なんとなく、触れていてほしくなかった。

 

「…………キミが…、綺麗だから……」

「ふふ それさっきも言ってたけど、もしかして口説いてるの?」

「馬鹿を言うな。そういう意味じゃない」

 

 むっとしながら返すと、わかってるよと 笑みと共に返ってくる。思わず「黙っていればの話だが」と付け加えたくなったのを堪えた。

 

「アビス、キミの目に僕がどう映っているのかは分からないけど、キミは自身を卑下しすぎだよ」

「そんなこと……」

「キミだって、こんなに綺麗なのに」

 

 肩の前に流れているボクの髪をくるくると指で弄びながらルクスは続ける。

 

「もちろん容姿の事だけじゃないよ? 僕らの中で最も存在に忠実で……。荘厳で高潔な、綺麗な天使だよ、キミは」

 

 髪を弄んでいた手は、次に後頭部へと回る。髪が撫でられるのをどこか心地よく感じながら、ぽつり零す。

 

「……キミの方がよっぽど口説いているみたいだ…」

「フフフ そうかもね」

「…………」

「ねえアビス、キミも少し休むといいよ。後で起こしてあげるから」

「別に眠くないからその必要は無い。それに、もう他の皆も来―――」

 

 そう言って壁時計に目をやろうとすると、無理矢理頭を押さえつけられた。つまり、相手の胸元に頭を預ける形になる。

 

「時間ならまだあるから」

「ま、待てルクス …! だからといってこの体勢は何だ……っ」

「ほら、こうすれば自然に眠くなると思って」

 

 慌てて体を起こそうと試みるも、妙に力を込められていて叶わない。同性だから何もやましい気持ちは覚えるわけないが、気まずさはいやでも感じてしまう。耳を、どこか面白がっているような笑い声がくすぐる。

 

「フフフ 平気だよ」

「君のその根拠の無い自信は何なんだ!?」

「だって、こうでも言わないとキミって折れないでしょう?」

「そういう問題じゃない……っ」

 

 赤子にするように、手が軽く背を叩く。そうされているうちに段々と、体から力が抜けていく。眠くなんて、ないはずなのに……。ソファについていた手が、それまで苦しい体勢に耐えていた膝が、崩れる。

 

「……すま…ない…………」

「ふふ いいよ。……おやすみ、アビス」

 

 机の上に伏せる時のように、上半身を完全に相手に預ける。薄れていく意識の中、髪を撫でながらルクスが何か話しかけてきているのが分かった。ただ、言葉はもう、聞き取れはしなかったのだが。

 

 

 

「……アビス、キミは必死すぎるんだ。"天使"であろうとする事にね……。自分がこんなに疲れてるなんてことにも気付かないなんて……、そこまで頑張る必要は無いのに」

 おおかた、また不良生徒に揶揄されたりしたのかもしれない。本人は気にしてないように装ってはいるけれど、やはり、心のどこかには響いてしまっているのだろう。

 

「闇属性の天使、か」

 

 一部では魔の色などと囁かれているらしい紫色の髪を一房手に取る。確かに神秘的な色だとは思う。けれど、これが"天使"らしくないとは、僕は思わない。

 

 闇に魅入られながらも気高くあろうとするその姿勢。

 それこそ"天使"に相応しい姿なのではないだろうか。

 

――――仮に僕が外見的に綺麗なのだとしても、キミの内面的な美しさには適わないよ。

 

 なんて、心の中で囁きながら、起こさないようにそっと、手元の髪に口づけた。

 

 

 

†        †        †

​会話文のみのおまけ

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